清 流      作 野口敏夫

 

       昭和28年某月某日

 

       都内にある金子家の居間

 

  登場人物  金子    22歳  米吉の甥

        金子 米吉  47歳  金子家の主人

        金子 豊子  41歳  米吉の妻

        金子 文子  19歳  米吉夫妻の長女

        金子    13歳  米吉夫妻の長男

        宮本 国男  23歳  清の友人

        宮本 節子  18歳  国男の妹

        藤村 明男  17歳  清の後輩

 

 

幕開くと、清が服を着ようとしている。明男は学帽をもって立っている。文子も外出の用意ができている。傍らに母の豊子が手持無沙汰で立っている。

 

 

    じゃ、伯母さん、ちょっと出かけてきます。

 

豊子  帰りは何時頃?

 

    (腕時計を見て) 今、1時半だから、1時間、2時間とーーー5時ごろには帰ってきます。

 

明男  では、どうも御馳走さまでした。

 

豊子  あら、もう一度こちらへ帰っていらっしゃる筈じゃございませんの?

 

明男  有難うございます。でもーーー

 

豊子  せめて、晩御飯でも召し上がってらしってね。

 

明男  すみませんけど、やはり、せめて日曜日くらい、母と一緒に夕飯をいただきたいですから、映画だけ見て帰ります。

 

豊子  そうですか―――それではお構いしませんで。またいらっしゃいましね。

 

明男  えぇ、有難うございます。どうもお邪魔致しました。さようなら。

 

文子  じゃぁ、お母さん、行ってまいります。

 

豊子  あ、行ってらっしゃい。

 

    三人退場。しばらくして米吉が現れる。

 

米吉  みんな出かけたかね?

 

豊子  ええ、出かけましたわ。(―間―)だけどあの明男さんという子はしっかりしていますわ。やっぱり苦労してきた子は違いますわ、気持ちがーーーなかなかしっかりしていますわ。今も、夕飯を食べに戻ってらっしゃいと勧めたんですけどね。そうしたら、せめて日曜日くらいは母と一緒に夕飯をいただきたいですからって。―――本当に親思いですこと。

 

米吉  ふんふん、なるほどな。

 

豊子  なのに、家の文子や武ときたら、出かければ帰りは遅いし、親のことなどこれっぽっちも思ったことことはない―――本当にあの子の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいくらいですわ。

 

米吉  まあまあ、そう怒らんで、だんだんに直していくさ。(―間―)ところでお前にちょっと相談があるんだが、まぁ、立ってないでお座り。

 

豊子  まぁ、改まってなんですの?

 

米吉  うん、実はあの清くんのことなんだがーーー夕べ十時頃、わしが寝ようとしとったら、入ってきてね。こんなことを言ったんだ。来年三月で大学を卒業するが、もう四、五年家においてほしいって。

 

豊子  あら、ですけどーーー

 

米吉  黙って、黙って、最後までお聞き!そこからだよ、清君の偉いところはーーーそれでね、すべてのものの基盤となる社会秩序の問題をあれこれと説明してねーーーこう話してもお前にはわからんかもしれんがーーーつまり、段々と封建制に逆戻りつつある日本を、真の民主的社会に立て直したいという強い思いで、第三者的、批判的な立場でものが言える作家になる決心をしたというんだがーーーどうだね、わかるかね?

 

豊子  なんとなく分かるような気がします。

 

米吉  結構。それでだ。この道は辛いだろうが、くじけず努力していくと固い決心なんだ。それでも四、五年のうちには生活の方も何とか目鼻がつくだろうから、そしたら、国から母や弟を呼んで、四人で一軒の家を構えたいというのだ。

 

豊子  えっ!四人といいますと?

 

米吉  そうだ四人だよ。

 

豊子  母子三人の筈ですが?

 

米吉  そうだ、今は確かに三人だが―――もう一人、思い当たらんかね?

 

豊子  (ハッとして)えっ!そうするとーーー

 

米吉  ハッハッハッ、そうだ、文子だよ。分かったかね。

 

豊子  そうすると、文子を清さんにーーー

 

米吉  いとこ同士の結婚は世間にもよくあることだ。そして、清君はこの際、はっきり決めておきたいというんだがーーーところでお前の意見は?

 

豊子  そりゃあ、私に不服はありませんわ。こうして一緒に八年近くも暮らしているんですもの、わが子も同然ですわ。それに清さん、ああ見えても、なかなかしっかり者で気が強く、こうと言い出したら、もう絶対に退かない気性ですのよ。でもとても人情に厚く、親思いでーーー頭がいいし、義理もよく弁えていてーーー

 

米吉  やれやれ、ついに清くんの性格分析を始めたか。そんなこと、今更言うまでもないじゃないか。

 

豊子  それはそうですけどーーーほんとに清さんのような人に貰っていただければ、どんなにーーーでも、文子が承知するでしょうかしら。

 

米吉  それは大丈夫だ。さっきな、そうっと二人の話を聞いておったんだ。その時すっかり文子が清君に気があると分かったんだ。

 

豊子  あら、そうですか。そんで文子は何て言っていました?

 

米吉  うん、そのな、清くんがね。さっきのような事情で国許には帰らないって言ったんだ。そしたら文子の奴、「まぁ、うれしい!」って言ったんだ。いやはや、おかげでわしも久しぶりに若返ったような気がしたよ。

 

豊子  そうでしたの。私、文子はまだ子供だと思っていたんですよ。

 

米吉  ほんとに近ごろの若い連中は隅に置けんてーーー何はともあれ、それでめでたしめでたしだ。

 

豊子  まぁ、あなた、その「めでたし、めでたし」はまだ四、五年先の話ですよ。

 

米吉  あ、そうだったかーーーいやこら、いかん、いかん。(二人、顔見合わせて笑う)

 

    「金子さん、電報ですよ」の声、豊子「ハイ」と答えて玄関へ。

    「金子清さんはこちらですね?」

    「はい、そうですかーーー」

    「じゃあ、すみません、印鑑をお願いします」

    豊子、奥の部屋に入り、また出てきて玄関へ。

    「はい、印鑑」

    「は、どうも」

    「どうもご苦労様」

 

豊子  あなた、清さんに弟の達也ちゃんから電報ですわ

 

米吉  何、達也君から? どれ、見せてみい。

    (読む)ハハ ニユウイン スグカエレ

 

豊子  まぁ、美佐子さんかーーー

 

米吉  うん―――身体の具合がよくないとは聞いていたが、まさか、入院したとは!何はともあれ、清くんが返ってきたら、今晩直ぐにも発たせることだ。

 

豊子  えぇ、そう致しましょう。

 

    武が帰ってくる。 

 

  ただいま。

 

 豊子  まぁ、武ったら今までどこへ行ってたの?お昼にも帰ってこないでーーーさ、早く、向こうにご飯の支度が出来てるから、自分でよそって食べなさい。

 

    うぅん、僕、岡本君ちでご馳走になってきちゃった。

 

 豊子  まぁ、また岡本さんのお宅で―――いつも悪いわねぇ。

 

    うん。

 

 豊子  なら、岡本さんに家へも遊びにいらっしゃるように言っときなさい。

 

    うん、言っとくーーーあれ、お父さん、そこにある電報、誰に来たの?

 

 米吉  清くんにだ。まぁ、読んでみろ。

 

    あ、達也君からだな。「ハハ ニユウイン スグカエレ」―――そうすると、伯母さんが病気なんだな。

 

 豊子  何ですか、その言い方は!「病気なんだな」とは。

 

  武   ごめん、ごめん。

 

 豊子  ねぇ、あなた。清さんと一緒に文子も行かせてはどうでょう?

 

 米吉  うん、そうだね。あの話もあるしーーー

 

    あれ、お姉ちゃんも一緒に行くの? いつ?明日?

 

 米吉  今夜だ。

 

    夜行で? じゃ、僕も行きたいな。ね、お母さん、行ってもいいでょ?

 

 豊子  ―――

 

    ねぇ、いいでしょう?

 

 豊子  あのね、お利口さんだから、今度はお母さんとお留守番しなさい。

 

    どうして、文姉ちゃんが行けて、僕だけ行っちゃいけないの?え、どうして?

 

 豊子  子供にはわかりません。

 

    ふうん。何かというと、すぐそう来るから、やんなっちゃう。

 

 豊子  理屈はやめなさい。

 

 米吉  ハハーーーまぁまぁ、そう初めからきつく言わずに―――おい、武! 理由は後でゆっくり話してやるからな。今度だけはお母さんと留守番しなさい。

 

    つまんないなぁ―――夜行列車ってまだ一度も乗ったことないのになぁ。

 

     武、退場

 

 米吉  ハッハッハッ、無邪気な奴だなぁ。

 

     ------------------

 

 米吉  そうだ!わしも一緒に行こう。美佐子ともこれが最期となるかもしれんし。

 

 豊子  そうですわね。いらっしゃった方がいいですわ。私とあの子で留守番していますから。

 

 米吉  うん、そうしてくれーーーしかし、美佐子も考えると本当にかわいそうだ。まだ若いのに病身でーーー今度助かったら―――いや、もう望みないんじゃないか―――うん、ぜひ行って会って来ねばーーー

 

     清と文子、一人の若い女性を伴って帰ってくる。

 

 文子  ただいま。

 

 豊子  あら、こんなに早くーーー映画どうしたの?

 

    ええ、明男君と一緒に三人で映画館の前まで行ったんですが、そうしたら丁度この方に―――あっ、紹介します。こちらは宮本節子さんといいまして、家が空襲で焼けてしまうまで近所にお母さんとお兄さんの三人で住んでいらっしゃったのです。そのお兄さんというのが、今も大学が一緒ですが、僕の親友なんです。それで一緒に焼け出されたわけなんですが、そのとき、この節子さんはお母さんやお兄さんとはぐれてしまったわけなんです。そして泣き叫んでいるところをある人に助けられて、今では昼間は工場に勤めているんだそうです。(節子に)こちら、文ちゃんのお父さんとお母さんです。

 

 節子  初めまして。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 豊子  よくいらっしゃいました。どうぞお座りください。文子、お布団―――

 

 文子  どうぞお敷きください。

 

 節子  あら、どうも済みません。

 

     ------------------

 

 豊子  それで、明男さんはどうなすったの?

 

    節子さんに会ったものですから、明男君だけ映画の券を買ってあげて、中に押し込んできましたよ。随分遠慮されて困っちゃいましたがーーー

 

 豊子 あら、そうだったの。だけどよくお会いできたわねぇ、節子さんに。

 

 文子  でも、そこでお会いしなければ、節子さんだけ、家にいらっしゃることになったでしょう。昨日も清さんが留守の時に、偶然この家が見つかって訪ねてこられたのよ。今日もここへ来る途中だったんですって。ほんとに危ないところでしたわ。

 

     文子、退場

 

    それに伯母さん、今晩そのお兄さんがここへ来ることになっているんですよ。

 

 豊子  まぁ、そうですか。そうすると八年ぶりですわね。お懐かしいことでしょうね。お母さんやお兄さんのお顔、覚えていらっしゃいますか?

 

 節子  はい、それだけは片時も忘れたことはございません。

 

 米吉  そうでしょうなぁーーーそれで今いらっしゃる家、待遇はどうですか?

 

    それがおじさん、初めのうちは親切だったそうですが、今じゃとっても酷いんですって。食わしてやっているんだと言わんばかりにーーーそして昼間は工場に働きに出され、夜は女中同様にこき使われているんだそうです。だから、節子さんは毎晩泣き寝入りの状態なんです。

 

 米吉  ふうん、成程ね。そういうところもあるんだね。初め助けたときはすぐ親が見つかれば礼金がもらえると思って親切にしたんだね。ところが親がなかなか見つからない。すると焦ってきて、今更出て行けとも言えない。家の子じゃないんだから、ただ遊ばせとく訳にはいかない。仕方がないから、こき使ってやろうということになる。―――世の中にはそういう偽善家族が多いね、まったく。

 

    それでおじさん、僕心配なのは、向こうでこの節子さんをおいそれと返してくれるでしょうか?

 

 米吉  さぁ、それは難しい問題だね。おそらくそういう輩は莫大な金を要求してくるんじゃないかな。

 

 節子  まぁ!そうですの。

 

 米吉  いや、なに、そうかといってご心配には及ばんです。第一、あなたはただ食わしてもらってきたんじゃない。散々こき使われてきているんでしょう。話してみてどうしてもだめだったら、裁判を起こせばいいんです。なあに、昔と違って今の裁判は簡単にできて民主的ですからね。大丈夫です。絶対勝てますから。

 

    文子、お茶とお菓子を持って登場。みんなにお茶を注ぐ。

 

 文子  (節子に)どうぞ。

 

 節子  はぁ、どうも恐れ入ります。

 

 豊子  (米吉に)あなた、あのお話は?

 

 米吉  あっ、そうだ!うっかりしておった。清くん、国許の達也君から電報だ。ほら。

 

    えっ、電報ですって!(受け取って読む)---わっ、こ、これは大変!おじさん、ではすぐ今晩にも。

 

 米吉  うん、今夜の夜行でたち給え。わしも一緒に行く。

 

  清   あっ、来てくださいますか。済みません。

 

 節子  何かあったんですの?

 

    えぇ、実は田舎にいる母が入院したって、弟からの電報なんです。(節子に電報を見せる)

 

節子  まぁ、おばさまが!(読む)お気の毒に―――そう言えば昔からあまりお丈夫じゃなかったようでしたわね。

 

    えぇ、そうなんです。何回も患いましてね。今度あたり、もう危ないんじゃないかと思われるんです。

 

―――――間―――――

 

 豊子  あなた、文子には?

 

 米吉  うん、じゃ、節子さん、わし達はあちらに引っ込みますから、ごゆっくりどうぞ。

 

 豊子  ではお気軽にね。

 

 節子  有難うございます

 

米吉、豊子、文子、退場

 

     ――――間――――

 

 節子  金子さんも随分ご苦労なさったようですね

 

    僕がですか?とんでもない!あなたに比べたら、苦労の「ク」の字も知らない。

 

 節子  まぁ、そんなこと仰って。でも、ちゃんと顔に書いてありますわ。オホホーーー

 

  清   え、僕の顔にですか?―――うそばっかり、ハハハ―――(二人顔を見合わせて笑う)それにしても、節子さんは随分変わりましたね。こう言っちゃなんですが、あなたの小さい頃といったら、それは手のつけられないお転婆で、お母さん、随分困っていましたっけ。覚えていますか?その頃のこと。

 

 節子  えぇ、おぼろげながら。

 

    それが今じゃ見違えるように奇麗になってしまった。本当に。

 

 節子  まぁ、うそ!お上手ばっかり。

 

    いや、本当ですよ。お母さんが見られたら、どんなに喜ばれることでしょう。

 

 節子  私は、がっかりされるんじゃないかと思っていますの。こんな風ですから。

 

    そんなことは絶対にないと断言します。第一、その美しさからいってーーー

 

 節子  困りますわ、そんな風に仰られると

 

     ー――――間―――――

 

    でも、本当に幼いころは懐かしいですねぇ。あなたの兄さんとはよくケンカしましたっけ。

 

 節子  私もよく清さんにいじめられましたわ。あの頃、本当に意地悪だったんですよ、清さん。

 

    えっ、そうだったんですか?ちっとも覚えていない、アハハーーー

 

     玄関で「御免ください」と男(宮本国男)の声
清「やっ!」と叫ぶなり玄関へ

     清「やぁ、早く早く上がりたまえ。いい人に逢わせてやるから」

     二人、登場

 

 国男  (入ってくるなり節子を見つけて)やっ!せ、節子じゃないか!

 

 節子  あっ、兄さん!(二人抱き合う)

 

 国男  節子、お前は、ど、どうして此処へ?

 

 節子  そ、それが偶然だったの。この家の前を通りかかったらーーー兄さん、会いたかったわ!

 

 国男  そうか、そうか。兄さんも会いたかった。随分捜したよ。

 

 節子  ごめんなさい。私が悪かったんだわ。あの時―――

 

 国男  いいや、僕が悪かったんだ。あの時、荷物を出すのにばっかり気をとられてしまってー

―ーごめんよ!

 

 節子  ううん、兄さん、もうその話はやめましょうよ。

 

 国男  うん、本当だ。過ぎ去ったことだしな。さ、いろいろな話はあとで訊くとして、この上

    は一刻も早くお母さんのところへ帰ろう。会いたいだろう!

 

 節子  えぇ。

 

 国男  (やっと傍に立っている清に気が付いて)金子、有難う!すべて君のおかげだ。

 

    な、何も礼を言われるようなことはした覚えがない。これも神のなせる業さ。

 

 国男  うん、僕も今まで神を認めていなかったが、今度だけは認めてもいいな。

 

    この不信心者めが!ハハハ―――(三人笑う)

 

 国男  じゃ、僕は早速節子を連れて帰るから。

 

  清   大丈夫だろうか?

 

 国男  何が?

 

    家が。

 

 国男  ほくの家は大丈夫さ。

 

    いやさ、節子さんが住んでる家だ。

 

 国男  あっ、そ、そうか。節子、今どこに住んでいるんだい?

 

 節子  (力なく)カマターーー

 

 国男  蒲田か、全然方角違いだな。

 

    おい、宮本!注意しろよ。向こうは金が目当ての偽善家だぞ。

 

 国男  えっ!?

 

    それで、今まで節子さんは、昼間は工場に働きに出され、帰宅後は女中同然に酷使され

てきているんだ。

 

 国男  ち、ちくしょう!

 

    ちっとやそっとでは手放すまい。

 

 国男  そ、そうだったのか。節子、お前には苦労掛けたなぁ。しかし今日からは大丈夫だ。兄さんが付いている。一度話してダメだったら、こっちにも考えがある。裁判でもなんでも起こして、きっとお前を取り戻してみせるぞ。

 

 節子  兄さん!

 

 国男  さぁ、とにかく家に帰ろう。母さんにも会っていろいろ相談したうえで今後のことを決めようじゃないか。

 

    うん、そうしたまえ。もし、何だったら僕も力を貸すから。

 

 国男  うん、有難う。なあに僕一人でたくさんさ。しかし、そういう奴が世の中には多いことだろうなぁ。また、そういう奴によって、苦しめられている人も数知れないに違いない。これも戦争が生んだ日本の悲劇だ。ちくしょう!せんそうさえなかったら、こんな―――うん、俺は戦ってやる!その人たちのためにもーーーそして、そしてきっと、節子、お前も取り戻してやるぞ!

 

    うん、宮本、その意気でしっかりやってくれ。じゃ、僕は一週間ほど国許へ帰ってくるるから―――

 

 国男  えっ!どうして?

 

    母が倒れたんだ。

 

 国男  うーん、そうか。お前も災難だな。―――でもな、お互いにどんなことがあっても、耐え忍んでいこうじゃないか、助け合ってーーー

 

    うん、有難う。

 

 国男  では、またーーー節子、行こう。

 

    じゃ、もう何も言わないぞ。ただーーー

 

 国男  うん、それでいいんだ。親しい間柄は何もつべこべ言う必要はないさーーーさよなら。

 

    あっ、さよなら。

 

 節子  あの、では文子さんやおじ様たちにもよろしくーーーどうもお邪魔様でした。

 

    あっ、どういたしまして。

 

     清、一人、部屋の中央に戻ってきて、ポツンと突っ立っている。
文子が出てくる。

 

 文子  あら、節子さんのお兄さんがいらっしゃってたようですけれどーーーもうお二人ともお帰りになったの?

 

    うん、家へ連れて帰ったよ。

 

 文子  そう、よかったわね。

 

     ―――――-間―――――

 

 文子  清さん、みんなお父様から聞いたわ。

 

    何を?

 

 文子  あのことーーー

 

    あのことって?

 

 文子  あなたが昨夜、お父様にお話しになったこと。

 

    うん、あ、そうか、あの話か。早いな、もう聞いたの?

 

 文子  清さん、私、嬉しいわ。

 

    え?

 

 文子  嬉しいわ、わたし!(清に抱きつく)

 

    文ちゃん、本当か!(清も文子をひしと抱き返す)

 

 文子  わたしーーー私、前からそのつもりでいたのよ。だから、だから、節子さんをーーー

 

    わかった、わかった。もういい、もういい。

 

 文子  お父さん、その話もあるから、お前も一緒に行けって言われたわ、おばさまのところへ。

 

    そうか、来てくれるか、文ちゃん!

 

 文子  勿論、喜んでお供させていただくわ

 

    文ちゃん、有難う!本当にありがとう!

 

 文子  私こそ、清さん!

 

     奥の部屋から武、登場。二人、ハッとして離れる。

 

    姉さん、分かった!姉さん、清兄さんのお嫁さんになるんだね。

 

 文子  ―――

 

    それでわかった。なぜ姉さんだけおばさんのところへ行くんだかーーーその話があるんだね。

 

 文子  ―――

 

    何で返事しないの?そうなんでしょ?

 

 文子  そうよ。

 

    おめでとう!

 

 文子  何言ってんの!今すぐじゃないわ。まだ五、六年先のことよ。

 

    五、六年先だって同じことだい、わあい、わあい!

 

 文子  武ったら!(武、逃げ出す)

 

    おい、武くん、お祝いに何をくれる?

 

    まだ決めてないようーーー

 

     武、退場

 

    早く決めてくれよう!ハハハ―――(二人顔を見合わせて笑う)

 

     「金子さん、電報ですよ」」の声。二人の顔色、さっと変わる。清、急いで玄関へ。
清「あっ、どうもご苦労様」
清、登場

 

    (電報を読む)やっ!遂にーーー

 

 文子  どうなさって?(清の手から電報を取って読む)わっ!これは大変、清さん!

 

    ううんーーー「ハハ シス スグカエレ」か。文ちゃん!

 

 文子  清さん!(二人抱き合う

 

    ちくしょう!これというのも何もかも戦争のせいだ。せ、戦争さえなかったら、父が戦

死しなくて済んだものをーーー父に死なれて母は苦労したんだ、本当に。戦争中の無理が祟ったんだ。あの不安と恐怖に包まれた毎日。爆撃機が飛んでくる下を、母は僕たちを守り通してくれたんだ。戦争が終わってからは、それまでの苦労の疲れが出て、身体が段々と衰弱していった。可哀そうなお母さん!―――うん、僕たちはこうして、父や母の死を無駄にしてはならない。両親を失って嘆き悲しんでいる人は日本中に、いや世界中に数知れないほどいるに違いない。そういう人たちのためにも、そうだ!一日も早く平和な不安のない世界を作り上げることだ。この地球上から戦争を完全に排除することだ。それには、それだけ世界中の青年たちが手を取り合って平和な世界の建設に向かって一丸となって突き進んでいくことが必要だ―――そうだ、あの谷底を行く清い水流のごとく、力強く、また、澄み切った清新さとをもって、まっしぐらに進んでいく、あの水流のごとくにーーーうん、僕たちに課せられた課題は大きい!

 

文子、ふと、自分の手にある電報に気が付き、すうっと清の許を離れ、奥の部屋に向かって走り出す。

 

 文子  (走りながら)お父さん!

 

              ―――――幕―――――