喜劇一幕                   作 野口 敏夫

 

かりそめに恋はすまじ

 

 

 登場人物 鳩山 市郎

      吉田 茂雄

       岸 介信

      池田 

      男(愚連隊)

      鳥倉 千代

 

 

  幕開くと、ここは、とある街外れの一角。午後三時ころ。中央やや上手にベンチあり。

 

 学生三人(池田、鳩山、岸)、下手より登場。やや遅れて、もう一人の学生うなだれつつ現れる

 

 鳩山  やれやれ、やっと解放されたか。今日の授業のつまらねえことったら。

 

 池田  全くやなっちゃうな。あれじゃ、テキストを読んでるだけじゃねぇか。時間の浪費だよ。おかげでひと眠りできたがね。

 

  岸   俺はずっと小説読んでいた。ベストセラーの「神様の条件」ってやつをな

 

 鳩山  だけどよ、俺たちの授業はこれでまだましな方かもしれないぜ。

 

 池田  そうかなぁ?

 

 鳩山  俺の友達で。なんでもある大会社の中堅幹部を養成する学校に行ってる奴の話だけど。そこじゃ、二年目に入ると、「事業科目」と言うのがほとんどで、その退屈なことったら、とても俺たちの比じゃないそうだ。自治会でも、これを人道上の問題として取り上げようとしてるってことだから。

 

    ふうん。なら、さぼればいいじゃないか?

 

 鳩山  ところが其処は、全寮制で給料も貰っている手前、それができないらしい。例えさぼって寝てようとしても、クラス委員がマイクで呼び出すだそうだ。

 

 池田  へぇ、そんな封建的な学校が未だにあるとは恐れ入ったね。もっとも給料貰ってるんじゃあな

 

 鳩山  ところで吉田はどうした?確か一緒に出たはずだがーーー

 

    あんな処にいる。

 

 池田  いやに元気がねえじゃねえか

 

 鳩山  そう言えば教室にいるときから変だったぜ。おうい、吉田!

 

 吉田  えっ!

 

 鳩山  お前、顔色が悪いぞ。どうしただ?

 

 吉田  いや、何でもないだ。放っといてくれよ。

 

 鳩山  放っとけったって、お前がそう考え込んでしまっているじゃ、そういかねえよ。なぁ、みんな。

 

 二人  そうだとも。

 

    どこか悪いのと違うか?

 

 吉田  いや大したことないだ、ただちょっと。

 

 鳩山  ちょっと、何だ?

 

 吉田  それが、ちと言いにくくて。

 

 池田  おい、吉田!水臭いぞ。俺たちの間で隠すことなんかあるのかよ?

 

 吉田  そ、そういうわけではないよ。弱ったな。

 

 鳩山  じれってぇな、早く言えよ。魚みてぇになよなよするな。

 

 吉田  言うよ、言うよ。実はーーー

 

 鳩山  早く言え、このサカナ野郎!

 

 吉田  つまり、その、スキ、なんだ。

 

 鳩山  スキだと?

 

 吉田  うん。

 

 鳩山  そんな魚の名前、聞いたことねえ。スズキなら知ってるがよ

 

 吉田  そうじゃないだ。スキってことは、愛してるってことだよ。

 

 鳩山  なに、アイだと?

 

 池田  アイはササヤキにして食うと旨い!

 

 吉田  ちがうよ、その、つまり、コイしてるんだ

 

 鳩山  なに、今度はコイだって?ははあ。しかし、お前、コイの旨い食べ方知ってんのか

 

 吉田  コイの旨い食べ方?

 

 鳩山  そうよ、知らねぇだろ。教えてやらぁ。コイはな、キスと抱き合わせにして食うとうまいだ。覚えておけ!

 

 吉田  ーー

 

    おい、鳩山、いい加減に勘弁してやれよ。

 

 鳩山  そうか。

 

 池田  ところで吉田、誰を好きになっただ?

 

 吉田  それがちょっと高根の花なんーーー

 

 池田  高嶺の花? まさか山本富士子じゃあるまい。

 

    それともエリザベス・テーラーか。

 

 吉田  冗談じゃないよ。そんなんじゃないだ。

 

    じゃ、誰だ?

 

 吉田  千代ちゃんだよ。

 

 鳩山  千代ちゃん? おい、池田、知ってるか

 

 池田  聞いたことかある気がするな。

 

    分かったぞ。あのタバコ屋の娘だろう。

 

 鳩山  おっ!あの看板娘か?

 

 池田  大変な女を好きになったもんだな。なんでも彼女は、この町の美人コンテストで優勝したことがあるっていうからな。

 

    へぇ、そいつは初耳だ。そういわれれば、それだけのことはあるな、彼女は。

 

 鳩山  俺も前からあの娘が好きだった。

 

 二人  俺も

 

 吉田  おいおい、そりゃ困るよ。

 

 鳩山  そうか、お前の悩みを聞いてるんだっけな

 

 池田  吉田、お前、そんなに参ってるのか戯れに恋はすまじ2

 

 吉田  うん。

 

 池田  おい、どうやらこれは本気らしいぞ。

 

    こいつは俺たちで何とかしてやらきゃな

 

 鳩山  しかし、相手が相手だしな。

 

 吉田  いいだよ、放っといてくれよ。君たちにまで心配かけちゃ済まない。

 

 鳩山  お前、何かいい考えでもあるのか?

 

 吉田  いや、別に。

 

 鳩山  うれみろ。だから俺たちで何とかしてやろうってんじねぇか。

 

    しかしよ、いくら俺たちで考えてみたところで、結局は本人が彼女の前で意思表示しなくちゃどうにもならないだろう?

 

 池田  そりゃそうだ。

 

    だからよ、必要なことは、吉田と彼女を二人だけで逢わすことだ。

 

 吉田  そ、そりゃ困るよ。二人だけでなんて、とても。そんな度胸、僕にはないよ。

 

  岸   お前も男だろ。男なら、そのくらいのことやれんどうする。それともそれ程には彼女を好きではないのか?

 

 吉田  とんでもない! 好きだよ!スキ、スキ、スキ――――

 

 鳩山  バカヤロー、調子に乗るんじゃねぇ。

 

 池田  とにかくよ、おい、吉田!心配することないよ。俺たちが付いているからな。

 

    そうだ!誰かが彼女の家に行ってよ、彼女をここへ連れ出してくるだ。そして俺たちは、このベンチの陰に隠れて応援するってのはどうだい?

 

 鳩山  なるほど、いい考えだが、誰が呼びに行くだ。岸、お前行ってくれるか?

 

    俺か?ちょっとそういう役は苦手でね。池田に頼もうよ。

 

 鳩山  なら、池田、お前やってくれるか?

 

 池田  ようし、引き受けた。

 

 鳩山  大丈夫だな?

 

 池田  すべてこの池田にお任せください。私申しませんよ。

 

 池田、下手に退場

 

    池田の奴、馬鹿に自信たっぷりだったが、うまく連れ出せるかな?

 

 鳩山  うん、俺もそう思ってたところだ。

 

 ―――間―――

 

 吉田  おい、鳩山!

 

 鳩山  何だ?

 

 吉田  僕は一体どうしたらいいだ?

 

 鳩山  どうしたらいいだって? おい、しっかりしろよ。主役はお前なんだぞ。主役がセリフわかんないじゃ、芝居は成り立ねえ。

 

 吉田  だって、セリフはまだ決まってないもの。

 

    バカ!そんなの自分で考えろ。

 

 吉田  でも、何しろ経験がないので

 

 鳩山  経験なんかどうでもいい。ただ押しの一手で、押して押して押しまくるだ。

 

    いや、押しも確かに必要だが、それだけじゃ駄目だ。時により、やんわりと、宥めたり、すかしたり、くすぐったりーーー

 

 吉田  よせよ、ふざけるのは。それより具体的にどう言えばいいだ?

 

  岸   おう、私はあなたが大ヤッコ()、あなたは私のカンジョウ(彼女)よ。私はあなたのカレイシ(彼氏)になりたい。戯れに恋はすまじ3

 

 吉田  やめて呉れったら、冗談は。僕は真剣なんだ。

 

 鳩山  こんなのはどうだ。私はあなたをアイウエオ、だから手紙をカキクケコ、いやなら短刀でサシスセソ、そして命をタチツテト。

 

    うまい、うまい。けど、どっかで聞いたことがあるな。

 

 吉田  それは痴楽の落語だよ。

 

 鳩山  そうか、道理でスラスラ出てくると思った。

 

 池田、息を切らして下手より登場戯れに恋はすまじ4

 

 池田  あぁ疲れた!一気に駆けてきた

 

 鳩山  どうだった、首尾は?

 

 池田  上々さ。すぐOKしたよ。何しろ俺は信用があるからね。

 

    ちぇっ!背負ってるな、池田。

 

 鳩山  ま、いいさ。池田は公約を果たしただから、文句はねぇよ。

 

 池田  おい、吉田!しっかりやれよ。俺たちが付いてるからな。とにかく誠意をもってあたることだ。

 

 鳩山  おい、来たぞ!見ろよ、あの腰の振り方の艶めかしいこと!

 

    おいおい、見とれてちゃだめだ。俺たちは隠れるだ。

 

 三人、ベンチの後ろに隠れる。吉田も一緒に隠れようとする

 

 池田  こら、お前まで隠れちゃだめだ!そこに腰掛けてろ

 

 吉田  でもーーー

 

池田  でももへったくれもあるもんか。さぁ!

 

無理矢理に吉田をベンチに掛けさせる

 

千代ちゃん、しゃなりしゃなりと下手から登場

 

千代  あら、あなたなの?

 

吉田  はっ!何がですか

 

千代  私を呼んだのじゃなくって戯れに恋はすまじ5

 

吉田  はぁ、うらしいです。

 

千代  「そうらしい」って、頼りないのね。

 

吉田  (大声で)もちろん、僕です。

 

千代  あら驚いた、急に大きな声出して。それで何のようなの?

 

吉田  「用」って別にーーー

 

千代  まぁ、用もないのに私を呼び出したの? 失礼ね!

 

吉田  そ、そうじゃないです。用はあります。

 

千代  だった早く言ってよ。私、忙しいだから。

 

吉田  あのう、僕、吉田茂雄と申します。どうぞよろしく。

 

千代  変ね、急に改まって。それじゃ、こちらも名乗らなくちゃならないかしら。

 

吉田  いえ、いいです。知ってます。千代ちゃんでしょう。

 

千代  まあ、馴れ馴れしいのね。私にはちゃんと鳥倉という苗字があるだから、初対面の人には苗字で呼んでもらいたいわ。

 

吉田  はぁ、すいません。

 

千代  あら、急にしょんぼりしちゃたわね。ならいいわ、あなただけ、千代ちゃんと呼ぶの許してあげる。

 

吉田  えっ!本当にいいですか?

 

千代  その代わり頼みがあるのよ。

 

吉田  頼みですって? 引き受けました。万事、この池田に、じゃなかった、この吉田にお任せください。

 

千代  まぁ、総理大臣みたいなこと言ってるのね。けど、頼みって何だか知ってるの

 

吉田  知ってますよ。以心伝心というやつでね。映画に連れてって、ということでしょう。

 

千代  まぁ、大変な以心伝心ね。そんなんじゃないのよ。

 

吉田  じゃ、お好み焼き屋へでも?

 

千代  お生憎様、私はそんな食いしん坊ないわ。頼みというのはね。実はダンスパーティの券を買ってほしいの。

 

吉田  何だ、そうですか。お安い御用です。買いましょう。いくらです?

 

千代  三百円。ちょっと高いけど、いいバントが付くはずよ。でも悪いわね、初対面のあなたに。

 

吉田  いいです、そんなこと。

 

千代  はい、これがその券よ。

 

吉田  あの、それで、僕の仲間の分として、あと三枚、ぼぐここで買うとしたら、あなたに喜んでいただけるでしょうか?

 

千代  まぁ、そんなに買ってくれるの?そりゃ嬉しいわよ、感謝感激よ。

 

吉田  ちょっと惜しいけど、これも目的のための手段なんです。

 

千代  えっ?

 

吉田  いえ、何でもないです。はい、これお金、お釣りはいいです。

 

千代  あら、済まないわね、お釣りまで。

 

吉田  いえ、どうぞご心配なく。

 

千代  あら、いやぁだ。これ千円札一枚じゃない!

 

吉田  はぁ?

 

千代  しっかりしてよ、一枚三百円よ。四枚だったら千二百円じゃない。

 

吉田  あ、そうでした。どうも、どうも

 

吉田、慌てて二百円渡す

 

千代 おかしな人ね。でもいいわ、とにかく買ってくれただから。じゃ、サヨナラ。

 

千代、去りかける

 

池田  おいおい、どうしただ、肝心なことは?

 

吉田  あっ、そうか! あのう、もし

 

千代  えっ! あら、まだ何か用なの?

 

吉田  まだ此方の用は済んでないですがーーー

 

千代  あぁ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ

 

吉田  はぁ、そうですか。

 

千代  では聞きましょう、あなたの御用を。戯れに恋はすまじ6

 

吉田  それが、そのうーー

 

千代  じれったいわねぇ、さっきから。早く言いなさいよ。

 

吉田  わかってますよ。僕もじれったくって仕方がないです。

 

千代  あなた、頭が少しパーじゃなくって?

 

吉田  とんでもない!僕は常に正常です。ただ、そのうーー

 

千代  わかったわ。じゃ、気分が悪いでしょう?

 

吉田  はぁ?

 

千代  ちょっと待って。確か私、薬を持ってたはずよ。うちの猫の飲み残しを。

 

吉田  えっ!猫の飲み残し?

 

千代  そうなの。こことこ、うちの猫ったらなんだか元気ないのよ。(薬をバッグら取り出す)そこでさっきも、この薬を飲ませようとしただけど、ペロッと舐めただけでこの通り残しちゃったのよ。あなたが飲んでくれれば、無駄にならないで助かるわ。

 

吉田  いや、け、結構です。

 

千代  遠慮しなくていいことよ。

 

吉田  いやいや、辞退いたします。

 

千代  あなた、人の好意を無にするつもり?

 

吉田  いや、そういう訳じゃないですがーーー

 

千代  じゃ、飲みなさいよ。

 

吉田  なら、折角ですから頂いておきます。(薬を受け取る)後で飲みますから。

 

千代  あら、それ、水なしでも飲めるのよ。すぐ飲んだほうがいいわ。

 

吉田  今すぐですかぁ?

 

千代  そうよ。

 

吉田  でも、もう直りましたから。

 

千代  しかし、念には念を入れよ、ということがあるわ。私に貸しなさい。飲ましてあげる。

 

吉田  あぁあ、進退ここに極まれ、か。

 

千代  さぁ、口をアーント開けて。戯れに恋はすまじ7

 

吉田  アーン。

 

千代  ごくりと飲み込んで。

 

吉田  (ゴクリ)ニャーゴ!

 

千代  何の真似、それ!

 

吉田  いや、何でもーーー

 

千代  どう?すっかり良くなったでしょう。

 

吉田  はぁ、そのような気がするような感じがなくはないです。

 

千代  いやにまわりくどいのね。さぁ、落ち着いたところで、あなたの御用を聴くわ。

 

吉田  はぁーーーなら、思い切って言います。覚悟はいいですか?

 

千代  覚悟? 変ね、この人。まさか、短刀で私を刺すじゃないでしょうね?

 

吉田  と、とんでもない。つまり、そのう、イッヒ・リーベ・ディッヒ。

 

千代  何よ、それ、何のこと?

 

吉田  あ、ドイツ語ご存じないですか?

 

千代  知らないわよ、ドイツ語なんて。

 

吉田  じゃ、ジュ・ヴ・ゼーム、マドモアゼル・チヨ。

 

千代  まぁ、失礼ね。今度は呼び捨てだなんて。いい加減にしないと、怒るわよ。

 

吉田  すみません。実はこれ、フランス語で、マドモアゼル・チヨで、千代さんという意味なんです。

 

千代  あら、そうなの。なら勘弁してあげるけど、そんな外国語使わないでよ。はっきり日本語で仰いよ。

 

吉田  日本語でですか? ちぇっ、弱いなぁ。

 

ここに、愚連隊風の男、下手より登場

 

千代  アラ。

 

    (吉田に)おい、お前、何してたんだ

 

吉田  な、何してたって、別に何もーーー

 

  嘘つけ!この女とうまくやってたんだろう

 

 吉田  いや、ただ話してただけですよ

 

    何を話してたんだ

 

 吉田  つまり、そのうーー

 

    つまり、そのう、だと? ははぁ、そうして答えられないところをみると、てめぇ、この娘を口説いていただろう。

 

 吉田  い、いえ、とんでもない、そんなーーー戯れに恋はすまじ8

 

    とやかく言うな。そうにちげぇねぇ。この野郎!往来の真ん中で、とんでもない奴だ。正義のためどうして呉れよう。

 

男、次第に吉田に迫る。隠れていた三人、堪りかねて飛び出す

 

    何だ、何だ、てめえ達は?

 

鳩山  なんだじゃねぇや。弱い者いじめしやがって。

 

    何だとう、てめぇ、この俺に喧嘩売る気か?

 

鳩山  いや、そのちょっと、行きがかり上、こう言っただけでーーー

 

    なにぃ?

 

鳩山  おい、岸、あとは前に任すよ。お前、柔道部員だろ。女の子の前でいいところ見せろよ。

 

    でも俺、名誉部員だからなぁ。

 

池田  構わねぇよ、三段くらいに吹っ掛けとけよ。

 

    やいやい、そこで何をこそこそ相談してやがるだ?

 

池田  さぁ、はやく! そつなく頼むぜ。

 

    やいやい、俺は岸介信って言ってな、大学の柔道部員なんだぞ。夜道は月夜の晩ばかりとは限らねぇからな。用心しろよ。

 

    なにぃ、柔道部員だと。そいつは面白れぇ。何段だ?

 

    そのう、実はハシゴ段でーーー

 

    ふざけるな!(手を振り上げる)

 

    (右手を前方に伸ばして)ちょっと待った!

 

    何だ?

 

    サイナラ。今度は池田、お前の番だぞ。

 

池田  しようがねぇな。

 

  やい、どうしやがっただ!どいつもこいつも腰抜けばかりで、だれか骨のあるやつはいねぇのか?

 

池田  いや、その、エヘ―――今晩は。

 

    なにぃ、今晩はだと。まだ昼間だぞ。

 

池田  あ、いけねぇ、そうだったか。では、改めまして、今日は。良いご機嫌でーーー

 

    ちっともよかねぇ。俺は怒ってんだぞ

 

池田  ちょっと待ってください。

 

    何だ?

 

池田  えー、あなたは日本人ですね。

 

    それがどうした?

 

池田  わたしゃ、ちょっと見りゃ直ぐ分かる。

 

    この野郎、俺を舐めてんのか?(池田の襟髪を掴む)戯れに恋はすまじ9

 

池田  いや、舐めてんじゃなくて、宥めてるんでーーー

 

    おう、そうか。じゃ、何とかして貰おうじゃねぇか。

 

池田  えっ?

 

    おめぇ、今、俺を宥めてると言ったじゃねぇか?

 

池田  はぁ?

 

    だからよ、それ相応に宥めてもらおうと言ってるんだ

 

吉田  あのう、どうぞこれで勘弁してください。(千円札を差し出す)

 

    何だ、金か?

 

吉田  はぁ、少ないですが。

 

    バカカヤロー、俺をゆすりだと思ってがんの

 

吉田  いえ、別にそういう訳ではーーー

 

    ない、と言うのか?

 

吉田  はぁ。

 

    そうか、俺をゆすりじゃないって認めたわけだな。

 

吉田  勿論です。

 

    そうか、じゃ勘弁してやる。

 

吉田  はぁ、どうも失礼しました。(千円札をしまおうとする)

 

    こら、おい、誰がその金をしまえと言った?

 

吉田  しかしーーー

 

    なにが、「しかし」だ! 一度出したものをひっこめる奴があるか!

 

吉田  ?

 

  俺は要らねぇがよ。ほれ、そこの女まで、おめぇのために、とんだ巻き添えを食って震えてるじゃねぇか。慰謝料としてその金やったらどうだ?

 

 吉田  えっ、慰謝料? あぁ、この千代ちゃんにですか

 

    そうだ。

 

 吉田  では、あなたは要らないので?

 

    つまらん心配はするな。早くやれ。

 

 吉田  (千代に)ではこれ、あの、慰謝料です。

 

 千代  これはどうも。

 

  男   よしよし、確かに渡したな。

 

 吉田  はぁ。確かに渡しました。

 

    よし!なら、とっとと失せろ!

 

 吉田  では、もうこれでよろしいので?

 

    そうよ、もう用はねぇ、早く行け。

 

 鳩山  あのう、俺たちも行っていいですか?

 

    そうよ、邪まっけだ、消えろ!

 

 鳩山  はぁ。おい、みんな、行こう。

 

    うん。でも、彼女はどうするだ。まさか、このまま置いとく訳にはいくまい。

 

 鳩山  そうか、おい、吉田。連れて来いよ。

 

 吉田  うん。千代ちゃん、一緒に行きましょう。

 

    やいやい、いつ、女を連れて行けと言った?

 

 吉田  でも、あなたの来る前から一緒にいたですからーーー

 

    つべこべ言うな、早く失せろ!それともーーー(三人に向かって凄む)

 

 千代  (吉田に)心配しく大丈夫よ。

 

 吉田  そうですか。じゃ、行きますよ。サヨナラ。

 

 四人、上手に退場

 

    ハッハッハッハッ!馬鹿な奴らだ。おい、千代、全部でいくらになった?

 

 千代  パーティ券が四枚と今の慰謝料で、合計二千二百円よ。

 

    そうか、なかなか腕がいいじゃねぇか。奴ら、インチキパーティ券と知って驚くだろうぜ。

 

 千代  それに、私とあんたの仲を見抜けなかっただから、全くおめでたい学生たちね。

 

    そうだな。これも可愛いお前を引っ掛けようとした罰よ。どら、折角頂いた金だ。これで遊びに行くとするか?

 

 千代  そうね。戯れに恋はすまじ10

 

 二人、下手に去る

 

――――幕――――