喜劇一幕                    作・演出 野口敏夫

 

悪人往来

 

登場人物 男 A    関口和也

     男 B    西田和夫

     男 C    福田

     男 D    野口敏夫

     男 E    徳留

     紳士     中島利之

     通行人(若干名)

 

 幕開くと、ここはとある街はずれの一角。夕暮れ時。舞台中央やや上手寄りに若い男(男A)、しゃがみ込んで泣いている。傍で、これは40歳くらいの職人風の男(男B)がしきりに宥めている。

 

男B  なぁ、おい、そう泣くなよ、何とかなるからよ。

 

男A  だって、財布がなくなっちまってはーーーー

 

 B  さ、そこだよ、もっと広い気持ちになってよ。金は天下の回り物。くよくよするこたぁねぇよ。おめぇが持ってなくったって、他の者が持っててくれらぁ。

 

 A  そ、そんな罪なこと言わんでください。ぼ、僕はこれからどうしたらーーーーとにかく金がなくちゃ、今夜どこかに泊まることも出きないんです。

 

 B  そうか、そんなもんかな。どっかでよ、金をくれるか、泊めてくれるとこさえありゃあな、苦労はねぇんだろうけどよーーーー

 

 A  僕はどうしたらいいんでしょう? 

 

 B  そうよなぁーーーーおっ、そうだ、こうしてみねぇ。なるべく混雑しているところでよ。できるだけ奇麗な女に対して掏りを働くんだ。それもわざと悟られるようにな。そうすりゃ、女は「キャッ!」と叫ぶ。おめぇは周りの通行人にふん捕まる。そうして警察に連れていかれりゃ、しめたもの。美人の身体に触れた上にただで泊まれるぜ、留置場によ。

 

 A  そんなことできませんよ。第一、捕まって留置場に入れられたら、出たいときに出してくれないじゃないですか。

 

 B  そうか、だめか。ふむーーーーそうそう、これなら絶対大丈夫! ただで泊まれて、次の朝にゃあ出してもらえるぜ。

 

 A  えっ、それはどんな?

 

 B  まずな、ぐてんぐてんに正体がなくなるまで酔っぱらうんだ。そうして交番の前まで這って行ってよ、その場で倒れてしまうんだ。成功疑いなし! な、泊めてくれた上、朝になって正気に返りゃあ、すぐに出してくれるさ。

 

 A  だめですよ。第一、金がないのにどうして酔っ払えるんですか?

 

 B  あ、そうかぁ、おめえは財布を取られちまったんだっけな。俺が出してやってもいいところだが、今、マネービルに凝っているんでな。びた一文、無駄遣いはできねえことになっているんだ。な、人に親切にしてやりてえが、どうしてもそれができねぇ。この気持ち、察してくれよな。全く切ねぇもんだて。

 

 A  からかわないで下さい(再び泣き出す)

 

 B  また泣くのか。しようがねえな。黙って見捨てることもできねえが――――早くだれか金持ちらしい奴が現れねぇかな。バトンタッチしてえよ。

 

 A  えっ?

 

 B  つまりよ。金離れのよさそうな奴が来たら、そいつから金をせしめてやろうというわけよ。

 

 A  困りますよ。そんな泥棒みたいなーーーー

 

 B  なに? 金を貰うのは困るってぇのか?

 

 A  ええ。

 

 B  おめえ、ちと頭に来てやしねえか? 現にお前が金をとられて困っているからこそ、それを解決してやろうと骨を折ってやってんじゃねえか。それがどうして困るんだ?

 

 A  (無言)

 

 B  まぁ、いいってことよ。俺に任しときなよ。――――ほうれ、一人来やがった。

 

 一人の男、下手から登場。

 

 B  待て待て、焦っちゃいけねえや。あいつは、俺が睨んだところじゃ、30円しか持ってねえって面だ。もっといいカモが来るまで待とうや。

 

 男、上手に退場。替わって別の男、下手より登場。

 

 B  ほう、今度の奴はちったあ金を持ってそうだな。だが、その代わり、あの面は、びた一文、てこでも出さねえって面だよ。これもよそうや。

 

 別の男、上手に退場。

 

 B  いいか、いいカモが来たならな、俺が合図するからよ。とにかくおめえはできるだけ悲しそうに泣き出せ。後は俺が巧くやってやるから。いいな?

 

 A  (うなずく)

 

 B  ほうれ、やってきたぞ! 今度の奴はうまく引っかかりそうだ。それ、泣き出せ!

 

 人の良さそうな中年の紳士、下手より登場。

 

 B  (一段と声を張り上げて)分かるよ、分かるよ、その気持ち。でも早まったことはしてくれんなよな。いいか。

 

 A  はぁ。

 

 B  死んで花実が咲くわけじゃねえからな。死んじゃつまらねぇよ。見たところ、お前はまだ若そうだ。これからじゃねえか、本当の人生は。なおさら粗末にしちゃいけねえや。何とかできることならしてやりてぇが、俺もーーーー

 

 くだんの紳士、立ち止まって聞いていたが、つかつかと二人のサバへ歩み寄る。

 

紳士  もしもし、その方どうかなさったんですか?

 

 B  えっ? あぁ、何、あっしも通りすがりの者なんですが、これがなんだか悲しそうにしゃがみ込んで泣いていましたんでね。事情を聴いてみると、なんでもね、北陸の珠洲ってぇ所から東京にいる身寄りを訪ねてきたしいんですが、生憎とその身寄りの者が行方知れずらしいんで、途方に暮れてたところ、財布まで掏られてしまったらしいんですよ。そんで、もう帰ることもできないばかりか、今夜泊まるところの当てもないそうなんで、さっきからこうして泣いていたらしいんですがね。

 

紳士  ほほう、それはお気の毒ですな。

 

 B  あっしもね、何とかしてあげたいと思って、今、なけなしの金を500円ばかりやったところなんですが、どうもそれだけでは帰れそうもないらしくてーーーー

 

紳士  そうですか。事情はよく分かりました。なに、金で済むことでしたら、袖すりあうも何とやらで、及ばずながら、私も少しはお役に立たせていただきまょう。いくらくらいあれば郷に帰れるんですか?

 

 A  (無言)

 

 B  おい、旦那が折角ご親切に仰って下さってんだ、何とか言わんかい?

 

A  はぁ、大体1500円くらいあればーーーー

 

紳士  そうですか。じゃ、これ、少ないですけど取っといてください。

 

 A  あっ、これでは多すぎます。ただいまお釣りをーーーー

 

 B  馬鹿っ! おめぇ、釣銭なんか持ってるのか?

 

 A  あっ、そうでしたーーーーか。

 

紳士  ハッハッ! 心配せずに受け取っといてください。ではお元気で。

 

 A  あ、せめてお名刺だけでもいただけませんか?

 

紳士  いや、そんなこと構わんといてください。

 

紳士立ち去る。

 

 B  ハッハッ! どうだ、巧くいったろう?

 

 A  はぁ、おかげさまで。

 

 B  どうやらこれで郷へ帰れそうだな、嬉しいか?

 

 A  はぁ。

 

 B  そこでだ。(ポケットから札を取り出す。)ここに500円ある。これをやるから、その千円札を一枚よこせ。

 

 A  はぁ?

 

 B  おめえは1500円ありゃ足りると言ったじゃねぇか。だから、余分の500円は俺が手数料として受け取っておくんだ。

 

 A  手数料? そんなーーーー

 

 B  あたりめえよ。こんなに親切にしてやったんだ。その報酬として当然のものを受け取るだけだ。

 

 A  でも、これは私の立場に同情して呉れたたものですから。

 

 B  てめぇの立場に同情して、だと? 何言ってやがるんだ。こういう風に仕向けてやったのはこの俺様じゃないか? それともおめぇは、人の親切がタダで買えるとでも思ってるのか?

 

 A  いや、いいですよ。あげますよ。さぁ、あげればいいんでしょ?(A、千円札をBに渡す)

 

 B  なるほど、お前はやはり物分かりがいいや。そら、俺の方でも五百円札は確かに渡すぜ。

   元気に帰んなよ。大きに邪魔したな。

 

 男B、下手に退場

 

 A  あぁ驚いた! すげぇ奴が世間にゃいるもんだな。せっかく芝居を打ってあの紳士から2千円せしめたのに、あの野郎に5百円持ってかれってしまった。上にゃ上があるもんだな。悪い男にぶつかってしまった。
 ところで千五百円じゃ、まだ一日の稼ぎとしちゃ少ないな。もう一芝居打つとするか。

 

 男A、再びしゃがみ込んで泣く真似を始める。

 

一見やくざ風の凄みのある男C、下手から登場。

 

 C  やっ!この野郎、野郎のくせしやがって、女郎みたい担い手やがる。一丁喝を入れてやるか!(男Aにつかつかと近寄る。) おい、起て!

 

 A  (驚いて) はっ!? (立ち上がる。)

 

 C  何をしてやがるんだ?

 

 A  えっ?

 

 C  何をしてんだと聞いてるんだよ!

 

 A  何をしてたって、ご覧のとおりーーーー

 

 C  泣いてたって訳か?

 

 A  えぇ、まぁそあ言うわけでして。

 

 C  バカヤロー! 男が道端でメソメソ泣いてる奴があるか! てめぇ、それでも男か?

 

 A  そりゃ勿論です。

 

 C  そんなら何だって泣いてやがったんだ?

 

 A  つまり、そのーーーー

 

 C  その? なんだ? 早く言え。こっちは気が短ぇんだ。

 

 A  言います、言います。その、財布を取られたんです。

 

 C  なにぃ?財布を取られたって? 間抜けめ、どこでだ?

 

 A  電車の中です。

 

 C  ふん、掏りにやられたって訳か。益々間抜けだな、てめぇは。

 

 A  はぁーーーー

 

 C  自分で認める奴があるか。

 

 A  ーーーー

 

 C  泣いていたのはそれだけが理由か?

 

 A  はぁ、それでーーーー

 

 C  なんだ、まだ訳があるのか? ははぁ、てめぇ、東京の人間じゃねえな。さては家出してきたのか?

 

 A  いいえ、ただ東京の身寄りを頼って出てきたんです。ところが、それが行方知れずなんで。

  

 C  ははん、そこでぼんやりしてるところをやられたって訳か?

 

 A  そうです。

 

 C  郷はどこなんだ?

 

 A  珠洲です。

 

 C  スズ? 聞いたことねえな。猫の鈴なら知ってるがよ。

 

 A  能登半島の一番北です。

 

 C  そうか、それで帰れなくなって、泣くよりほかなかったとーーーー

 

 A  ええ、まぁーーーー

 

 C  バカヤロウ!(顔を打つ)男がそんなことで泣いてどうする。俺が付いてるぞ、いいか、そら!(財布から千円札を取り出す))

 

 A  有難うございます。(それを受取ろうとして手を出す)

 

 C  おっとっと、慌てちゃいけねえや。誰もこれをてめぇにやるとは言ってねぇぜ。

 

 A  えっ?

 

 C  ただ拝ましてやっただけよ。どうだ、これを貰って家に帰りてぇか?

 

 A  はぁ、そりゃもうーーーー

 

 C  そうか、じゃ待ってろ。

 

 二十五、六歳の男(男D)下手より登場

 

 C  よう、そこへ行くお兄ちゃん、ちょっと。

 

 D  えっ、僕のこと?

 

 C  そうさ、おめぇのことよ。

 

 D  何か御用ですか?

 

 C  用があるから呼んだんだ。

 

 D  何でしょう?

 

 C  他でもねぇ、頼みがあるんだ。決して強制はしねぇがな。ここにいるこの野郎がよ、なんでも、猫の鈴じゃなかった、能登半島の珠洲ってところからな、身寄りを頼ってこっちにのこのこと出てきたんだが、その身寄りってぇのが行方不明のところへもってきて財布を掏られてしまったんだとよ。

 

 D  はぁ、それでーーーー

 

 C  分からねぇ野郎だな。こいつは財布を掏られちまったんだぜ。ちったぁ哀れに思わねぇかい?

 

 D  思います。

 

 C  思う?そうだろうな。だからよ、つまりだな。分からねぇかな?

 

 D  何がです?

 

 C  じれってぇな。やつは財布を盗られたんだぜ。一文無しなんだぜ。郷に帰ることができないんだぜ。

 

 D  あぁ、お金ですか?

 

 C  ようやく分かったか。そりゃ強制はしねぇぜ。強制はしねぇがよ。

 

 D  分かりました。それじゃこれは少ないですが。(男D、千円札を差し出す)

 

 C  ほう、聖徳太子が一枚か。おう、これじゃちょっと足りないよな。何しろ遠いからな。そういうわけだ。これじゃまだ足りないとよ。

 

 D  でも、僕ちょっと都合があって、それ以上出せないんです。

 

 C  そりゃお前も年ごろだ。彼女とのデートで銭もいるだろう。だからよ、俺は何も強制してはいねえよ。強制はしねえがな、この拳骨が目に入るだろう?

 

 D  いいですよ。分かりましたよ。出しますよ。これで勘弁してください。

 

 男D、千円札をもう一枚財布から取り出して、男Cに渡すと、逃げるように上手に去る。

 

 C  ハッハッハッ! どうだ、あいつ二千円おいていったぜ。これでもう泣くことはねぇだろう。

 

 A  どうもご協力ありがとうございました。

 

 C  何も礼にゃ及ばねぇや。俺が金出したわけじゃねえしな。さぁ、取っとけよ。

 

 A  それでお礼はいかほどしたらいいでしょうか?

 

 C  お礼? 何のお礼だ?

 

 A  あなたの手数料として。

 

 C  手数料? バッカヤロー、そんな魂胆だから、てめぇは男らしくねぇっていうんだ。いいか、やくざってぇのはな、そんなケチな真似はしねえんだ。覚えておけよ。じゃあな。

 

 男C、上手に退場する。

 

 A  やれやれ、今度は先手を打ってお礼しようと思ったのに、逆に怒らしてしまった。どうもついてないな。開業第一日目からこの調子じゃ、寿命がいくらあっても足りないや。

    おや、今度はやけにしけた面をしたおっさんが来たぞ。どうしたんだろう?

 

 下手から五十才がらみの男(男E)、うなだれながら登場

 

 D  あぁ、わしももうお終いだ。これから先一体どうしたらいいんだ。第一、これから家に帰って子供たちになんて言えたものか? わしが金を持って帰るのを待っているだろうが、一日中歩き回ってもついに駄目だった。あぁ、子供たちはひもじがっているだろうな。無理もない。今朝から何も食べてないんだからな。この身はどうなろうとも、子供だけにはせめて腹一杯ものを食べさせてやりたいんだが、わしがだらしないばっかりにーーーー(しばし考え込む。ややあって)そうだ!仕方がない。可哀そうだが、子供を殺し、自分も死ぬほかない。飢え死にを待つよりも、いっそのこと一思いにーーーー

 

 A  もしもし、おじさん、どうかしたの?

 

 E  あぁ、これはお若いお方、ご親切に。なに、これは単なる個人的な問題ですから、どうか放っておいてください。

 

 A  でも、おじさんの様子、普通じゃないよ。今聞いていたら、変なことを言ったじゃないか。子供たちを殺して自分も死ぬなんて。

 

 E  これは、お耳に入ったとは恐れ入ります。どうぞお聞き逃しを。

 

 A  やんなっちゃうな。僕は親切で口をきいてるんだよ。訳を聞かせてくれたっていいじゃないか。

 

 E  しかし、見ず知らずの方に私のことなんかーーーー

 

 A  いいよ、いいよ、そんなこと構うもんか。さぁ言っておくれよ。

 

 A  そうですか、では折角のご好意を無にするのもなんですからーーーー実は、つい半年ほど前までは、私ども夫婦してニコヨンの仕事をいたし、五人の子供を養っておったのでございます。それも、どうにかこうにか、やっとの生活でございました。私は三十八のときに所帯を持ったんですが、その頃はある工場に勤めておりました。しかし所帯を持って間もなく、会社が事業不振のためクビになり、それ以後はずっとニコヨン生活、初めは私一人の稼ぎで何とかやっておりましたが、子供の数が増えましたので、やがて妻も働くようになりまして、半年前まではどうにかやってきたのでございます。

 

 A  ふうん、それでおじさん、今いくつだい?

 

 E  へぇ、四十八でございます。

 

 A  何だ、まだ若いじゃないか。それじゃ、結婚してまだ十年しか経っていないんだな。

 

 E  さようで。

 

 A  よくたった十年で五人も子供をこしらえたね。そんなに暮らしが苦しいんなら二人くらいでやめておけばよかったじゃないか

 

 E  そうは申しましても、そのぅーーーー

 

 A  その、何だい?

 

 E  へぇ、避妊薬を買うにも金に困っておりましたので。

 

 A  ちぇっ!変な理屈だな。生まれりゃ、なおお金がかかるじゃないか。

 

 E  それが、何分貧乏でございまして、他に楽しみがなかったものですから。

 

 A  ふうん、まぁいいや。先を聴こうじゃないか。それで半年前からはどうなったんだい?

 

 E  へぇ、それが間の悪いことに、頼りとしていたわが愛妻が、過労のためか、心臓狭心症とやらでぽっくり逝ってしまったんでございます。妻はまだ三十四の女盛りでございました。その時の私の悲しみ、なんと申し上げてよいやら。

 

 A  愛妻がね。そりゃ悲しかったろうな。

 

 E  はぁ、それからと言うものは、子供五人を抱えて、私一人の稼ぎでやってきたのですが、何しろまだ子供が皆小そうございますので、その苦労と言ったら――――それに私の仕事も日によってあったりなかったりで、まったく食うや食わずの毎日でございました。

 

 A  気の毒にね。

 

 E  それでもどうやらこれまで命を繋いできたのでございますが、どうしたことか、この一週間ばかり仕事にあぶれ通しで、今日などは子供も私も朝から何も食べてないのでございます。私も今日と言う今日は何としても仕事にありつこうと家を出てきたのですが、ご覧の通りでございまして、家では子供たちが首を長くして、私が食べ物を持って帰るのを待っていると思うと、面目なくてーーー

 

 A  なるほどなぁ、そりゃあ辛いことだよね。

 

 E  こうなった以上は生きて飢え死にを待つよりはと、一家心中を―――

 

 A  おっと待ってくれよ! おじさん、そう早まっちゃいけないよ。僕だってちったぁ役に立つかもしれないからよ。

 

 E  と、仰いますと?

 

 A  うん、つまりね。少しは僕も金を持っているってことだよ。

 

 E  そりゃいけません! そんな人さまの者を頂くなんて。

 

 A  そう言うなよ。死ぬのを黙って見捨てるわけにはいかないじゃないか。それでおじさん、一体一日いくらあればやっていけるんだい?

 

 E  はぁ、親子六人、どんなに切り詰めましても二百円はかかりますです。

 

 A  何だ、それっぽっちかい? じゃ、二百円は持ち合わせがないから、ほら、五百円やるよ。

 

 E  えっ! こんなに下さるんでーーー有難うございます。死んでも御恩は忘れません。(土下座する)

 

 A  おいおい、冗談じゃないよ、死んでもだなんて。死んでもらいたくないから金をやったんだぜ。でもとにかく喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、(行こうとするが、ふと思いついたように立ち止まる) しかし、おじさん!

 

 E  はぁ?

 

 A  五百円じゃ、二日半しかもたないわけだね?

 

 E  はぁ、まぁ、さようで。

 A  もしもだよ、仮にだ、それ使ってる間にまだ仕事にありつけなかったらどうする?

 E  仕方ございません、やはり死ぬよりほかーーー

 A  そう死ぬ死ぬって安っぽく言ってくれるなよ。弱ったなぁーーーせっかく稼いだ金だけどよ、ほら、もう千円やるよ。

 E  そ、そんなに頂いてはーーー


 A  いいよいいよ、受け取っといてくれよ。僕はまだ持ってるから心配すんなよ。

 E  さようでございますか。ではご厚意に甘えまして、有難く頂戴しておきます。

 A  いや、なにーーーでも、その千円じゃたったの五日分だね。

 E  はい、さようで。

 A  もう五日経っても仕事がなかったら?

 E  やむを得ません、やはりーーー

 A  死ぬよりほかないっていうわけか?

 E  さようでございます。

 A  あぁあ、弱えなぁ、その死ぬっていうやつには! 今日は全く厄日だな。開業第一日目からこれじゃ―――いいよ、いいよ、そらもう全部やるよ! ほら、あと二千円あらぁ。いいかい、もうこれだけだよ。これがなくなったって、また死ぬったって、僕はもう責任持たないからね。

 E  何とお礼を申し上げてよいやら。

 A  僕はもう行くよ。これ以上いたら、今度は服までおいて行かなきゃならない。さいなら!

 男A、下手へ去る。男E、しばらく土下座を続けていたが、やがて顔を上げ、立ち上がり、大

声で笑いだす。

 

 E  ハッハッハッーーーワッハッハ! あの若造、とうとう有り金全部おいていきやがった。俺様がペテン師だということを知らずによ。〆て三千五百円か、大分遊べるぜ。ハッハッハッーーーどれ一杯やりに行くとするか。


                              ―――幕―――