第4日目
(9月1日)
6時30分起床。まずはシャワーを浴びる。8時〜20分、ホテル内レストランで朝食後、フロントで再び1000円を元に替える。
帰室後、急いで歯を磨き、8時40分、いよいよ本ツアーのハイライト、離江下りに向け、バスで出発する。
10時10分、渇水期の始点である楊堤に到着。乗船場の近くには、外国人観光客相手の屋台や露店が連なり、盛んに声を張りあげている。まるで戦前の日本の光景のようだ。うっかりカメラを向けるとモデル料を要求されるとか。気付かれないよう慎重に撮る。
10時20分、乗船。待つこと15分ほどで出航した。船は2階建てになっていて、小型ボートによって牽引される仕組みになっている。まずは1階の船室で席を確保する。程なく昼食の特別料理の予約を取りにきたので、スッポンスープと小エビの唐揚をオーダーする。
デッキに出てみる。離江の水はエメラルド色に近く、両岸に連なる奇山・奇岩は元・明時代のおおらかな山水画の世界そのものだ。豊かな自然と太陽が生み出す様々な光の効果が奇山の風景に微妙な陰影を醸し出している。また、江岸の風物は、亜熱帯に属するこの地方独特の牧歌的なのどかな雰囲気を見るものに印象づける。竹で編んだ筏を巧みに操る鵜飼の漁師や子供、水を汲み洗濯をし、水浴をする村人や水牛たち、すべてが自然のリズムで息づいているようだ。この絶景を背景に皆、写真を撮りまくっていた。
どうぞ、下の写真3枚を拡大してごらんください。
さて、12時になり、昼食の用意ができたとのことで、船室に戻る。
例の7人に独身男性A氏を加えた8人で1テーブルを囲む。
メニュは桂林の地方色豊かな中国料理のほか、ビールとジュースがそれぞれ4本ずつ付く。特別に頼んだスッポンスープは初めてだったが、椎茸に似た香りがして美味であった。小エビは文字通り小さかったが、結構ボリュームがあり、残してしまったほどであった。
12時40分、再びデッキに昇り、眺望を楽しむ。そしてツアーの他の同行者とも言葉を交わすようになり、写真を撮ってあげたりする。
そうこうするうちに、碧蓮峰という山が見えてきた。いよいよ下船地の陽朔の町である。全行程約20km、美しい風景に爽やかな陽光と空気を満喫した3時間であった。
13時40分、着港。ここでも露店がぎっしりと並んでいる。絵葉書を100円で購入。
13時50分、陸上を走ってきて待機していたバスに再び乗り込み、出発。途中天気が怪しくなり、ついに雨になるも、じきに止む。
15時10分、桂林貿易センターに立ち寄る。ここで陰彫りの石のハンコが、すぐその場で彫ってくれるというので、ひとつ1000円で作ってもらう。
16時10分、ホテルに向け出発。市内に入り、15分ほど走ったところにある中国国際旅行社の前で一時ストップ。どこかで見た建物だと思ったら、昨日昼食をとった泰和飯店と同一建物であった。ここでガイドの王さんと添乗員のIさんが明日の飛行機の座席の手配のため一時下車。
16時40分、再出発。車中で、王さんから「このままだと広州への便は夕方になってしまう。そうなると広州市内の観光ができなくなる。したがって何班に分かれてもいいから、何とか午前の便に乗せてくれるよう申し入れてきたところである。」旨を知らされ、皆ギョッとする。しかも未だその保証はないという。やはりここは中国であり、自由主義国との違いをまざまざと感じさせられた。なお、かつて午後の便も取れずにバスで11時間もかけて広州まで帰ったことも現実にあったという。
16時50分、帰宿。夜の街なかへの外出(任意参加)に備え、シャワーは見合わせ、夕食時まで部屋で休息をとる。
18時30分〜19時10分、ホテル内レストランにて広東料理の夕食。ここで、添乗員のIさんから発表があり。9名を除き、明朝1番機の座席が取れたとのこと。安堵したのもつかの間、その9名の中に自分と妻の二人が入っていたとは! これは現地の旅行社が名前まで指定してきたことで、変更はできない由。1番機は8時の便で、我々は9時50分の便とのこと。同行の義妹夫妻とは別れて乗ることとなった。例の女性3人組もTさんのみ1番機で、他の二人は後の便と、別れることになった。ただし、後の組も空港までは1番機の組と同じバスで一緒に出発するとのこと。
さて、明朝の出発が当初の予定より早くなったので、夜の外出は我々二人は取りやめることとし、その権利(?)を他の人に譲る。(利用するマイクロバスの定員が12名)
19時15分、部屋に戻る。しばし立ち寄った義妹と雑談後、シャワーを浴び、しばらくテレビを見て、21時20分、就寝。