第3日目
(11月24日)
ナフプリオン → オリンピア
ドライヤーは、コンセントが完全に対応しないのか、冷風しか出ず。
6時55分、朝食に行く。40分近く、ゆったりとビュッフェを楽しんだあと、一旦部屋に戻り、歯を磨いたあと、集合時間までまだ少し時間があるので、中庭に出る。
ソテツの木が見事だったので、それをバックに、通りかかった人にシャッターを押して貰う。(右写真)
チェックアウト後、玄関前で犬と戯れ、運転手のタブロス氏と初めて英語で言葉を交わす。
8時30分、バス出発。スパルタまでは110km、2時間半の行程とか。ガイドさんから、今日の行程の説明あり。これからトリポリ経由でスパルタに向かい、ミストラ観光後、再びトリポリに戻り、西北にオリンピアを目指すとのこと。
しばし海岸線を左手に、右にオリーブ畑を見ながら進む。15分ほどして海岸線と別れ、右折。トリポリまで45キロの表示あり。
道路の両側の所々に十字架をつけた四角い箱が置かれていたが、これは「イコノスタシス」というもので、イコンの止まるところという意味らしい。
これが置かれる理由は4つあって、@ 交通安全 A 死者の弔い B 神への感謝 C 修道院が近くにある、ということである。
8時58分、アルゴリコス湾を望む小高い場所で写真休憩。イコノスタシスとツーショットに収まる。(左写真)
山間部を更に進む。左手に雄大な景色が開けるも、霧がかかっているのが残念。
9時17分、聖トゥリアーザ教会前で写真ストップ。この辺はアフラドカンボスというところだそうだ。
祭壇のまわりには、キリストのほか、各聖人の絵がぎっしりと置かれ、多数の蝋燭が灯っていた。(右写真)
9時25分、出発。アルコティア県に入り、山間部を抜け、トリポリに入る。幸い晴れてきた。9時40分、トリポリの街なかに入り、左折し、南下。スパルタまで57キロのサイン。
9時48分、クラシッチャ村を通過。小さなサクランボという意味だそうで、その名の通り、サクランボの産地とか。晴れてはいるが、山々には程良く霧がかかり、まさにオリンボスの神々がおわす風情を感じる。
10時03分、ラコニア県に入る。日差し強く、我慢も限界、窓際から右へ寄る。程なくスパルタ地区に入り、右手に山羊の群れを見る。スバルタは、それ自体は見るものは何もなく、近くにミストラ遺跡があって初めて観光客も立ち寄ってくれるとのこと。猛烈に眠い。
10時45分、ミストラの廃墟に到着。
ミストラは、1248年に当時ペロポネソス半島の南側一帯を征服していたフランクの王子ギラウム・ビレハルドインがスパルタ平野の上に聳える、ここタイゲスト山の麓に城を築いたのが始まりだそうだ。しかしその10年後にはビザンチン帝国によって滅ぼされたため、現在残っている家、教会、寺院などはビザンチン時代の名残りとのこと。
廃墟のなか、めぼしいものを見つつ、くねくねと曲がった道を中腹の修道院(右写真)まで登る。
下方を見ると、廃墟の彼方にスパルタの街が霞んで見えた。(左写真)
(写りが悪く済みません)
ここでは実際に尼僧達が生活しており、手作りの小物類を販売していた。
試食したルクミというゼリー菓子の甘かったこと。
トイレがひとつしかなく、行列を余儀なくされる。
12時12分、ミストラ遺跡をあとにスパルタに戻るべく出発。
途中、ビザンチン朝最後の皇帝、コンスタンチン・パレオログの立像(右写真)の前で写真ストップ。
更に両側に見事なオレンジ畑を眺めつつ、12時25分、スパルタの町に入る。道路の両側にずらりと車が駐車しているのには驚いた。
12時30分、レオニーダス将軍像の前で下車し、5分ほど歩いてレストランへ。
中庭のオリーブの木の下で、M夫妻と、それにただ一人の40代男性のS氏を誘って、4人でテーブルを囲む。
飲み物はビールをとり、メニューは、マカロニ、キャベツのサラダ、肉料理とデザートはリンゴであった。
ギリシアでは、肉料理には必ずこんにゃくが使われるとか、それにトマトが加わると非常にあうのだそうだ。
ゆったりと昼食を楽しんだ後、14.時23分、バス出発。トリポリまで57キロの道を行く。程なくエゴロタス川を渡るも、水量はほとんどなし。
以下はガイドさんの話。
14時55分、山間の道に入る。トリポリまであと23キロだ。途中、ドライブインで30分弱のトイレ休憩をとり、16時45分、ようやく平地に降りて、国道32号線に入る。途端に俄雨。しかし前方は晴れており、2分後にはやんだ。
時折、ロバに乗った人の姿を見かける。それにしても左手の山並み、雲、陽光のコントラストといったら、どうだ。実に神々しい。昔の人がこれを神のなせるわざと信じたのもうなずける。
17時05分、イオニオン海を臨むキバリッシアの海岸線に出て、北上、程なくイリヤ県に入る。17時30分、暗くなってきた。対向車のライトが光る。
やがて細い道に入って、アルペウス川を渡る。前方にオリンピアの町の灯りが見え出す。道路灯は一切なく反射板だけが頼りだ。オリンピアは人口約1000人の村だが、特別に市になっている由。
17時55分、‘ホテル・アマリア’着。手持ちの小銭が少なくなったので、フロントで両替する。添乗員のYさんから、これから明日朝までのタイム・スケジュールの説明を受けた後、鍵を渡され、18時15分、230号室に入る。木を際だたせた素朴な部屋で、何の匂いか、いい香りがする。
夕食時間までまだ間があるので、先に入浴しようと、コックをひねると、茶色のお湯。しばらく待ったが一向に白くならない。フロントに電話したら、恰幅のいいおばさんが来てくれた。足拭きマットを靴のまま踏みつけてコックをいじっているうちに白いお湯になってきた。何のことはない、もうしばらく時間が経てば白くなったのだ。 ともかく入浴する。
19時30分、夕食。例の4人でテーブルを囲む。飲み物はビールをとったが、何と500ドラクマ、昼より200ドラクマも高い。これがホテル値段というものか。料理のほうは、チーズ・スープに始まり、肉をまぶした野菜の煮物、チキンに、デザートはババロアであった。
時間が早いので、ロビーでしばし歓談後、21時05分帰室。明日の準備をして、21時50分就寝。本日の歩数は4901歩であった。