第3日目
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バンダルアンザリ → タブリーズ
8時45分、ホテルを出発。まずはアンザリ潟のボート遊覧船乗り場へと向かう。
ここバンダルアンザリの町は19世紀初頭にロシアがここを貿易の拠点として以来、カスピ海沿岸の主要貿易港として発展してきたそうで、今ではイラン人に人気の高いリゾート地である由。因みにバンダルとはペルシア語で港を意味するとのこと。
そしてアンザリ潟は、町の南西部にあって、カスピ海につながる広さ約450kuの湖沼群で、野鳥や渡り鳥の生息地として有名だとか。
ボート遊覧船乗り場には15分ほどで着いたが、外は相変わらずの雨、おまけに寒い!30分ほどの遊覧ということだが、ボートは無蓋で、これでは濡れ放題とあって、私はパスし、バスの中で待つことにした。
結局、16人中13人は行くことは行ったが、寒さで震えながら帰ってきた。潟の中央部分の蓮の葉に囲まれたところまで行ったらしいが、雨で眺望は利かず、野鳥や渡り鳥の姿も見えず、散々だったようで、行かないで正解だった。
バンダルアンザリを後に今夜の宿泊地タブリーズに向かうべく、まずはカスピ海沿いに北上する。
天候は相変わらず雨で、気温も低く寒かったが、折角のカスピ海、途中でバスを止めてもらって写真を撮ることになる。しかし天気が天気だけにいい写真は望むべくもなく、それでもと気休めに撮ったのが右の写真である。
東に向かって撮ったので、対岸はトルクメニスタンということになるが、400kmも向こうなので、晴れていても見えないだろう。
カスピ海と別れ、内陸を西へ向かう分岐点の町アスタラという町のレストランで昼食後、付近をぶらついていると、街の人らが珍しげに我々を眺め、しばしば「ヤポン?」と声をかけてくる。
なかには家族と一緒に写真を撮らせてほしいとまで言うものもいた。写真を撮ってくれというのではなく、自分たちのカメラの中に一緒に納まってほしいというのだ。まるで逆である。どちらが観光されているのか分からない。
こちらのカメラでもあなた方を撮らせてほしいといって撮ったのが左の写真である。どうやらこの家族、イランの他の地域から車で旅行に来ている様子で、とてもフレンドリーだった。
ここアスタラはアゼルバイジャンとの国境の町で、良質の中国製衣服が多く入手できるとか。おそらくこの家族もそれを目当てに立寄ったに違いない。
再びバスに乗り込み、今度は内陸部を西へと向かう。
今日は殆どが移動時間であったが、車窓からの眺めに飽きることはなかった。
途中、アルダビルという町を通過したが、ここは温泉の沸く街で、また長身の人間が生まれることで知られているらしい。なお、イラン代表のサッカー選手ダエイ(FW)選手は地元民の誇りとか。
さて、丘陵地帯にかかると雄大な眺めが広がり、目を楽しませてくれた。写真ストップ時に撮ったのが右の写真である。天候が悪かったので、映りはいまいちであるが、お許しのほどを。
この日、目的地のタブリーズのホテルに着いたのは日もとっぷり暮れた19時55分。旅装を解くのもそこそこに夕食に向かった。