第6日目
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ハマダン滞在
朝食後、ホテルを8時05分に出発、ハマダン郊外のカンガヴァールとターゲ・ボスタンへのデイツアーに向かう。
ハマダンから1時間半ほど西に走り、カンガヴァールのアナハタ宮殿遺跡に到着、見学に入る。
ここカンガヴァールは、パルティア時代(BC248〜AD226)の首都だったところで、エクバダナ(現ハマダン)とバグダッドを結ぶ通行路の要衝の地であったため、ここに宮殿を建設したとのこと。
当時は政教一体であったから、ここはゾロアスター教の水の神であるアナビタ神を祀った場所としても知られ、宮殿全体で20万人も収容できたという大規模なものだったという。
そして、建物は3基壇構成になっていて、最下基壇には平民、その上には僧侶や役人などの高官、最上基壇には王様とその一族が住む建物があったとか。今やほとんど廃墟と化してしまっているが、祭壇の大きさだけでも周囲が209*230m、高さが32mもあったそうで、いかに巨大なものだったか、うかがい知ることができる。
バスは更に西へ向かって走ること1時間40分、次の目的地ターゲ・ボスタン遺跡に着く。
ここはササン朝時代(AD226〜661)の美しいレリーフが残る遺跡公園になっている。ちなみにターゲ・ボスタンとは「楽園のアーチ」を意味するペルシア語とのこと。
入口を入ると、正面にアーチ型の洞窟があり、その壁面に左右対称の翼を広げた美しい天使のレリーフ(下左)が目に入ったが、これには、勝利の女神としてギリシア神話に登場するニケをモデルにしたという説があり、また後にシルクロードを通ってはるか東の日本にまで伝わり、正倉院の「飛天」のルーツにもなったそうである。
中央写真の奥正面の壁上段には「帝王の叙任式図」が描かれ、これはササン朝後期のホスロウ2世(中央)が左右の神から王権の象徴である光輪を受け取る場面だということである。そして下の段には鎧を身にまとい、槍と盾を手にした馬上のホスロウ2世の勇姿が描かれている。
3つ目のレリーフは、対ローマ戦の戦勝祝いを兼ねたアルデシール2世の叙任式を描いた4世紀後半のもの。中央のアルデシール2世の足下に横たわっているのはローマ皇帝の遺体だそうである。
いずれも見事なレリーフなので、ぜひ拡大してじつくりとご覧いただきたい。
遺跡公園近くのレストランで昼食後、ハマダンへの帰路につく。
途中、巨大な岩壁に刻まれたダレイオス1世の戦勝記念碑(ビーソトゥーンの碑文)を車窓より遠望したが、目の悪い私にはさっぱり要領を得なかった。
ハマダンに近づくにつれて天候が怪しくなり、とうとう雨になってしまい、雨中のハマダン市内観光となった。
左の写真は、石のライオン像で、この街がまだエクバタナと呼ばれていた頃を思わせる市内でただひとつの遺物とか。街の門を守るため、アレキサンダー大王が4世紀頃に彫らせたものとのことで、現在はサンゲ・シール広場の中央に置かれている。
長い年月とともに磨耗し、今ではライオンというより、トドのようにも見え、とてもユーモラスな姿をさらしている。
次いで、寒い風雨をよけつつ市内のバザールに入り、内部の様子やバザール内にある金曜日のモスク(下中央)などを現地野次馬を伴って見学し、19時にホテルに帰着、1時間後に夕食をとり、本日の日程を終えた。
以下、下の写真をご覧になり、バザール内の雰囲気を感じていただきたい。